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2009年05月06日

神様のかたち

インドとかは像とかを崇拝していたり、結構動物や虫を神様として崇めることも多いが、大体のイメージとしての宗教崇拝は余り関係なく、自分たちが普通に想定して行き着くところでの神様っていうのは「人間」の形をしてるよね。

例えば子供の頃自分なんかの場合は母さんにとりあえず神様ってなんだと聞いてみたら帰ってきたことというと「お釈迦様」や「キリスト」なんていう人物だった。実在する人物としてイエス・キリストは復活を遂げたんだよと教えられてきた物だから、それが真意ではない事を知ったのはここ数年の間の事だった。

話が大幅にそれているけれども、つまり神様=人間(もしくは現存する動物など)というイメージは古くから有るイメージ操作による物なんじゃねぇかなぁと思って、じゃあ神様の形っていったいどんな形をしているのよ、と非常に気になって検索してみても例のイエスキリストのありがたいお話しか出てこない上に、非常に押し付けがましい感じの事が書かれていたので到底理解できず。

神様っていうのは誰も見た事ないし、ある種UMAと同じような感覚と似た何かがあるんだろうな。
ともなれば俺たち人類がやる事っつったら、本当の神様って一体どういう形をしてるんだろうってことなんじゃないかと思って。

それだけなんだけどね、なんかネタになるかなと思ったのでメモとして。
posted by 相馬 at 07:44| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんだか記事を読んでいて、ルネサンスの発想に近く感じました。人間飢えなくなるとそういうことを考えるっていう。僕は、もっと色々なもの・ことに感謝した上で曲作ったりするべきなのかもなーと、葬儀の帰りに思いましたよ。
Ngaze
Posted by Ngaze at 2009年05月08日 21:20
単純になんだろう遠い存在な気がするんですよね、やっぱりわれわれ日本人って無宗教ですから。それに守られているような気も余りないしそれに感謝するような気も余りないっていう。
もっとそういうものよりも身近なところからはじめたらいいんじゃないかなぁと思いますねぇ。
Posted by 相馬 at 2009年05月08日 23:03
俺は日本人の無宗教は「八百万の神」っていうように単に特定の神だけを崇拝しないだけで、実際は神なんて色々あって何処にでもいるぜ。
みたいな考え方が根本にあるんじゃないかと思うね。
米一粒にも〜人の神様がいるよみたいな。
そんな感じで身近すぎて意識しないレベルまでいってんだろうなと時々考えるぜ。
なんて少しズレたこと書いてみる。
Posted by Nogirroute at 2009年05月09日 17:27
八百万は確かになぁ。
でも実質上それもものを大事にせんかいみたいなのの延長みたいな感じがするよな、いかにも日本らしいって感じ。
身近な物ぜんぶがどうだたらっつったらなんつーか怖くて触れなくなりそうだよな。
Posted by 相馬 at 2009年05月10日 02:59
昔の閉ざされた村社会では、宗教と儀式は村の中での自己を確立させる手助けをするっていうわりと大事な役割があったと思う。
狭い社会が解体された今の日本でその役割を担っているのが、新しい偶像(アイドルやミュージシャン、アニメキャラや東方、時には政治家なんかも)や、商品選択(ブランド意識だとか、セレブだとか、エコだとか、どこのケータイだとか)なんだと思う。
まさに八百万の神状態で、そんな中でわれわれは本当の神様を描こうとして、たくさんの神様が生まれては消費されて。神様も生き残りをかけて必死で、どんと構えてられないから腰が低くなっていって、安っぽく媚びるように・・。
って、偏った事書きすぎだね、失礼しました。
Ngaze
Posted by Ngaze at 2009年05月10日 18:28
まぁぶっちゃけ八百万どころじゃねぇっていう気もしないでもないよねw
まぁでも偶像崇拝っていうのも一種の信仰か。俺も坂本龍一を崇拝してるし、なんとも難しい・・・あ、なにやらあと秋姉妹の締め切りが早まったみたいなんでちょっと今週一人デスマします。
Posted by 相馬 at 2009年05月11日 06:05
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